脱公務員、オーストラリアへ移住、永住権獲得までの道のり(前編)

by - 4:45 pm

Posted: Sunday 9 April 2017

 誕生から英語との出会いまで 


0歳―誕生

生まれも育ちも茨城県水戸市。はい、納豆で育った納豆大好き人間です。

小学校―低・中学年

 勉強しろと言ったことのない両親。今思えば神(笑)
習い事はそろばん教室とお習字教室。そして小学5年で赤ペ〇先生通信講座デビュー。


小学校―高学年・「えいご」との出会い

 「ローマ字」に興味を持ったのは小学校4~5年生の頃ころで、「英語=ローマ字」という理解レベル。親は英語に興味なし。

中学校―英語大好き期

ネイティブの先生に話しかけたり、勉強には積極的に取り組んだ中学生。洋楽に興味を持ち、聞こえるままに鼻歌を楽しみ、今振り返ってみれば、良いリスニングの練習だった。
アメリカとオーストラリアの「海外ぺんぱる」文通は、いつしか返信は来なくなり...(泣)


高校進学―英語愛が一気に冷める

1日も早く就職して自分で稼ぎ、親からの自立!を目指し、希望通り商業高校へ進学。しかし残念なことに英語の先生の授業がつまらなすぎて、英語から遠ざかっていった高校生。




 18歳で国家公務員の道へ 

18歳―就職活動

何をやりたいかなんてビジョンは無い高3。「地元を離れて就職したい」ことだけ考えていたら、友人が受験する国家公務員Ⅲ種は、採用後は全寮制の税務大学校で1年間勉強と聞く。迷わず便乗応募。動機は全くもって不純でごめんなさい。


19歳―公務員就職

寮生活はねぇ...軍隊入ったことはないけれど、軍隊ってこんな感じなのかなぁって思った。時間割で行動管理、22時消灯後は職員が見回り、22時の門限破ったら始末書、外泊は届け出制。「公務員」の枠に押し込む洗脳だよな、これ。
現場に出る前から違和感を感じずにはいられなかった19歳。






最後までお読みいただきありがとうございます。Sunshine SpiritライターのYumiです。
何かを変えたい、変わりたいという思いを抱いていませんか。人生の中で分かれ道に立った時に何を選択するか。変えたいという気持ちは、いつでも挑戦する道を選ぶようにと私を後押ししてきました。変化するって勇気のいる選択だけど、そのボートに乗って漕ぎ出したらボートは水の力をかりながら進んでいきます。思い描いていたところとは違う場所にボートがたどり着くこともあるけれど、ヘルプが必要な時には助けの手がやってきます。
何だか心がざわざわ、そわそわしませんか。ブログ内コンタクトフォームからお気軽にメールでご連絡ください。お待ちしています。Yumi

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